小児トリアージにSTART法は危険?JumpSTART基準と現場の鉄則
地震や大規模事故など、多数の傷病者が一度に発生する現場で命の選別を担う「トリアージ」。国内の災害医療や集団災害事故訓練において、成人のスクリーニング手法として広く普及しているのが「START法」です。しかし、この成人向けプロトコルを子どもの体にそのまま適用すると、本来なら助かるはずの小さな命を「救命不可能(黒タッグ)」と誤認してしまう致命的なリスクが潜んでいます。
子どもの解剖生理は単に「大人の縮小版」ではありません。2026年現在、災害派遣医療チーム(DMAT)や小児救急の現場では、小児特化型プロトコルである「JumpSTART法」の習熟が強く求められています。なぜ成人のSTART法を流用してはならないのか、両者にはどのような決定的な差異があるのか。呼吸数・脈拍の具体的な数値基準から現場で生じる生々しい葛藤まで、医療現場の実態と客観的データをもとに詳解します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:成人のSTART法を小児に流用すると、無呼吸状態の小児を誤って「黒(不搬送・死亡)」と判定し、救命機会を失う重大なリスクがある。
- 要点2:小児は呼吸原性心停止を起こしやすいため、気道確保後も呼吸がない場合に「5回の人工呼吸」を試みるJumpSTART法が国際的標準基準となっている。
- 要点3:院内トリアージ(JTAS小児版や診療報酬300点の院内トリアージ実施料)と災害トリアージ(JumpSTART法・二次トリアージのPAT法)は目的が異なり、発達段階に応じたバイタル判定(±1SD/±2SD)の理解が不可欠。
【致命的な盲点】なぜ成人のSTART法を小児に流用してはならないのか
成人向けのトリアージ手法として世界中で用いられているSTART法(Simple Triage and Rapid Treatment)は、「歩行」「自発呼吸」「循環(毛細血管再充填時間や脈拍)」「意識レベル」の4要素を機械的に判定し、1人あたり約30秒以内でトリアージタッグの色を判別する優れたシステムです。しかし、このプロトコルには小児の生理学的特徴がまったく反映されていません。
最大の問題は「無呼吸時の即時黒タッグ(死亡・不搬送)判定」にあります。成人の心停止の多くは心筋梗塞や不整脈などの「心原性」であり、気道確保を行っても自発呼吸が戻らない傷病者に対し、限られた医療資源の中で心肺蘇生を行うことは災害医療の原則(最大多数の最大救命)から外れます。そのため、START法では「気道確保しても無呼吸=黒(カテゴリー0)」と判定します。
一方、乳幼児や小児が心停止に至る主たる原因は「呼吸不全や低酸素血症(呼吸原性)」です。小児は気道閉塞や低換気によって一時的に無呼吸に陥っても、心臓そのものはまだ動いているケースが多々あります。この段階でわずか数十秒の換気補助を行えば、劇的に自発呼吸が回復し、後遺症なく社会復帰できる可能性を残しているのです。
成人の基準をそのまま適用すると、「まだ脈があるのに、息をしていないから黒」として見捨てられる子どもが発生します。この悲劇的なオーバートリアージ・アンダートリアージを防ぐために米国の小児救急医ルー・ロミグ(Lou Romig)医師らによって開発されたのが、小児用緊急度判定プロトコル「JumpSTART法」です。

【比較表で一撃理解】START法とJumpSTART法の決定的な違い
START法とJumpSTART法は、判定の全体的な流れこそ酷似しているものの、設定されている数値や介入手順には明確な違いが存在します。両者の仕様と臨床的な差異を構造的に比較整理したのが以下のデータです。
| 判定項目 | 成人:START法 | 小児:JumpSTART法 | 編集部の臨床的見解・理由 |
|---|---|---|---|
| 適用年齢の目安 | 8歳以上〜成人 | 1歳〜8歳未満(または小児体格) | 1歳未満の乳児は生理機能が未熟なため別基準(PAT法等)の併用が前提 |
| 歩行不能・乳幼児の扱い | 歩行不能なら次ステップへ | 抱っこされている乳幼児は二次評価へ | 「歩けない=重症」とは限らない発達段階を考慮 |
| 気道確保後の無呼吸 | 直ちに黒(死亡) | 脈拍確認後、人工呼吸5回を実施 | 呼吸原性心停止の手前で「飛び跳ねる(Jump)」ように蘇生する救済措置 |
| 呼吸数判定基準 | 30回/分以上で赤(最優先) | 15回/分未満 または 45回/分超で赤 | 小児の頻呼吸だけでなく、疲弊による徐呼吸(15回未満)も極めて危険 |
| 循環の評価基準 | CRT(毛細血管再充填)2秒超 または 橈骨動脈触知不可で赤 | 橈骨動脈触知(不可なら赤) | 寒冷環境下で狂いやすいCRTよりも、末梢動脈拍動の有無を優先 |
| 意識レベル判定 | 簡単な従命(従うか) | AVPUスケール(Pの異常肢位・Uで赤) | 言葉が通じない幼児に対し、痛み刺激への逃避行動や反応で評価 |
表から明らかなように、START法を子どもに適用すると「呼吸数が35回/分だから赤」「指示に従わないから赤」と判定され、現場が過剰な赤タッグでパンクする危険があります。逆に、呼吸数が12回/分まで低下して呼吸停止寸前の重篤な子どもが「30回未満だから正常範囲」と見逃される致命的な過小トリアージを招くのです。
【実戦フローチャート解説】JumpSTART法の5ステップとトリアージタッグ色分け
JumpSTART法のアルゴリズムは、成人のSTART法と同様に段階的な除外方式をとっています。現場で迷いを生じさせないための具体的な5つの判定ステップを追っていきます。
ステップ1:歩行の可否(緑タッグの選別)
「歩ける人はこちらへ集まってください」という呼びかけに応じ、自力で歩行できる子どもは緑(軽症・保留)となります。ただし小児特有の注意点として、「歩けない乳児」や「親に抱っこされている幼児」がいます。歩行できない乳児であっても、外傷がなくバイタルが安定していれば二次スクリーニングで緑と評価されます。抱っこされている子どもを即座に重症扱いしてはなりません。
ステップ2:呼吸の有無と「人工呼吸5回基準」
自力歩行ができない子どもに対し、まず気道確保を行います。自発呼吸があれば呼吸数の確認(ステップ3)へ進みます。気道確保をしても呼吸がない場合、ここがJumpSTART法の真骨頂です。検者は直ちに橈骨動脈または大腿動脈・上腕動脈の拍動を確認します。
脈拍が触知できない場合は、残念ながら蘇生の見込みなしとして黒(死亡)となります。しかし、「脈拍が触知できる」場合は、人工呼吸用マウスピース等を用いて約15秒間で5回の人工呼吸(レスキュー呼吸)を吹き込みます。これにより自発呼吸が再開すれば赤(最優先治療群)へ、それでも呼吸が再開しなければ黒と判定します。この5回の換気こそが「Jump(跳び上がるような回復)」をもたらす生命線です。
ステップ3:呼吸数判定基準(15〜45回/分)
自発呼吸がある場合、1分間の呼吸数を測定します。成人のSTART法では「30回以上」が赤の基準ですが、JumpSTART法では「15回/分未満」または「45回/分超」が赤(最優先)となります。小児の呼吸不全末期は、努力呼吸の限界を迎えて呼吸数が極端に落ちる「徐呼吸」を呈するため、下限値(15回未満)の設定が極めて重要です。呼吸数が15〜45回の範囲にあれば、循環の評価へ進みます。
ステップ4:循環の評価(末梢動脈・橈骨動脈触知)
手首の橈骨動脈触知を行います(乳児や肥満児など手首で触れにくい場合は上腕動脈や大腿動脈)。末梢の脈拍が触れない場合は、重篤なショック状態にあると判断して赤となります。脈拍が良好に触れる場合は、最終関門である神経学的評価へ進みます。
ステップ5:意識レベルAVPUによる判定
小児の意識評価には、世界的に汎用されるAVPUスケールを用います。
- A(Alert):意識清明、周囲に注意を払っている
- V(Verbal):声かけに対して反応する
- P(Pain):痛み刺激に対して局所化や逃避などの適切な反応がある
- U(Unresponsive):刺激に対して無反応、または除脳硬直などの異常肢位
「A」「V」「適切な反応を示すP」であれば黄(待機的治療群)となります。一方、「不適切な肢位をとるP」または「U(無反応)」の場合は、頭蓋内出血や重度低酸素脳症の危険があるため赤と判定されます。
【実態検証】災害現場・救急外来の生の声で見えた「小児トリアージのリアル」
教科書上のプロトコルがどれほど整備されていても、実際の災害現場や多数傷病者受入現場では、想像を絶する認知的・感情的負荷が医療スタッフにのしかかります。
現場を揺るがす「子どもの泣き声」と親のパニック
震災派遣を経験したDMAT(災害派遣医療チーム)の看護師は、当時の手記で次のように現場の過酷さを吐露しています。
「大声で激しく泣き叫んでいる子は、呼吸も循環も保たれていることが多い。しかし、その泣き声に引きずられて周囲の救護員や親は『早く診てくれ』とパニックになる。本当に死にかけている子どもは、泣くエネルギーすら失い、静かに虚ろな目で呼吸数を落としている。泣き叫ぶ声の大きさに惑わされず、静まり返った重症児を発見できるかが現場の生死を分ける」
集団災害時、親が子どもを抱きしめてトリアージエリアへなだれ込む光景は日常茶飯事です。歩行スクリーニングの号令をかけても、親が重症と信じ込んで抱きかかえていれば、その児は「歩行不可」としてトリアージエリアへ運ばれてきます。小児トリアージでは、傷病者本人だけでなく「保護者の不安」をも同時にコントロールする高度なコミュニケーション能力が要求されます。
平時の救急外来における「院内トリアージ加算」とのギャップ
日本の医療制度において、小児救急トリアージの重要性は診療報酬の面からも裏付けられています。厚生労働省の改定経緯を振り返ると、平成22年度(2010年)に「小児救急医療における院内トリアージ加算」が新設されたことが大きな転換点でした。その後、平成24年度には全年齢層へと対象が拡大され、平成30年度(2018年)以降は「院内トリアージ実施料(初診時300点)」として定着しています。
しかし、ここで医療者が直面するのが「平時の院内トリアージ」と「災害時のトリアージ」の思考回路の違いです。救急外来の平時運用で使われるJTAS(緊急度判定プロトコル・小児版)は、限られたリソース内で「誰を先に診察室へ通すか」を決める加点・待機時間管理システムです。これに対し、災害時のJumpSTART法は「見捨てる命と救う命の冷徹な選別(一次トリアージ)」を含みます。平時の感覚のまま災害現場に立つと、黒タッグを貼るべき局面で躊躇が生まれ、全体の救命効率を著しく落とす原因になり得ます。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|乳児・新生児への適応限界
ネット上のまとめ記事や一部の講習資料では「子どものトリアージ=JumpSTART法」と単純化されがちですが、これには医療安全上の重大な盲点が存在します。
盲点1:1歳未満の「乳児」にはJumpSTART法をそのまま使えない
JumpSTART法の開発元であるルー・ロミグ医師自身のプロトコル規約において、対象は基本的に「1歳以上から8歳未満(または小児用の体格)」と定義されています。1歳未満の乳児は、正常な呼吸数が40〜50回/分に達することも珍しくなく、歩行判定そのものが成立しません。また、モロー反射などの原始反射が残る時期であり、AVPUスケールでの正確な判定も困難です。
1歳未満の乳児や、解剖学的評価を伴う二次トリアージの現場では、PAT法(Pediatric Assessment Triangle / 小児初期評価三角)や、日本小児救急医学会が提示する「小児救急患者トリアージガイドライン」の客観的指標を活用しなければなりません。
盲点2:発達段階ごとの「標準偏差(±1SD / ±2SD)」を無視した画一的バイタル判定
小児救急患者トリアージガイドラインにおいて明記されている絶対的な生理指標が、年齢別のバイタルサイン分布です。ガイドラインの要約・抜粋データによると、以下のように厳格な基準が定められています。
- 蘇生トリアージ(最優先):呼吸数または心拍数が±2SD(標準偏差)を超えるもの
- 緊急トリアージ:呼吸数または心拍数が±1SDを超えるもの
- 準緊急以下:正常範囲内〜±1SD以内
現場で「45回超だから重症」と一律に覚えるだけでなく、月齢や学童期などの年齢層によって、呼吸数の「±1SD」「±2SD」の絶対値が大きく変動する事実を念頭に置かなければ、真の重症度判定は成立しません。

【プロの結論】緊急度判定プロトコルを現場で迷わず運用するための判断基準
集団災害や事故の修羅場において、医療従事者や救急救命士が小児を前にして冷静でいることは極めて困難です。小児の死は成人の死以上に、医療者の心に深いトラウマ(二次受傷・PTSD)を残します。だからこそ、主観的な同情を排し、プロトコルを機械的に遂行できる確固たる判断基準を持たねばなりません。
JumpSTART法を最優先で適用すべき現場条件
- 多数の傷病者が混在し、医療従事者の数が圧倒的に不足している災害初期の「一次トリアージ」現場
- 傷病児の年齢が見た目で1歳以上〜小学校低学年程度(8歳未満)と推測される状況
- 傷病者が自力で動けず、即座に呼吸と循環の危機介入が必要とされる状況
JumpSTART法ではなく、詳細な二次トリアージ(PAT法・JTAS)へ回すべき現場条件
- 明らかに1歳未満と判断される乳幼児(バイタル数値のSD逸脱を個別評価すべき症例)
- 一次トリアージが完了し、救護所や病院内で時間をかけた重症度分類が可能な状況
- 外傷の解剖学的重症度(広範囲熱傷、開放骨折、切断外傷など)がバイタルサインより先行して危険視される病態
現場で最も大切なのは、「迷ったら高めのカテゴリー(赤)で搬送・処置し、資器材と人員が揃った安全なエリアでPAT法による二次トリアージへ速やかに移行する」というプラグマティズムです。無呼吸の子どもに出会った瞬間、胸骨圧迫を延々と続けるのではなく、「気道確保・脈拍触知・5回の換気」という一連の動作を15秒で完遂できるかどうか。これこそが、平時のシミュレーション訓練で身につけるべき唯一の救命技術です。
【小児 トリアージ start】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ成人のSTART法をそのまま小児に使ってはいけないのですか?
A1:成人は心原性(心筋梗塞など)で心停止に至るため無呼吸即死亡と判定されますが、小児は呼吸不全から心停止に至る「呼吸原性」が多いためです。脈拍が残っている段階で気道確保や5回の人工呼吸を行えば劇的に自発呼吸が回復する可能性があるため、成人のSTART法をそのまま使うと助かる命を「黒(死亡)」と誤認する危険があります。
Q2:JumpSTART法で「人工呼吸を5回」吹き込むのはどのような状況ですか?
A2:自力歩行ができない子どもに対し、気道確保(頭部後屈顎先挙上など)を行っても自発呼吸がない場合です。このとき、橈骨動脈などの末梢脈拍を触知し、脈が存在していることが確認できた場合にのみ、約15秒間をかけて5回の人工呼吸を実施します。自発呼吸が再開すれば「赤(最優先)」、再開しなければ「黒(不搬送)」となります。
Q3:1歳未満の乳児にJumpSTART法は使えますか?
A3:原則として使えません。JumpSTART法の適応年齢は概ね1歳以上から8歳未満です。1歳未満の乳児は自力歩行ができず、正常呼吸数も高いため基準値に適合しません。乳児に対しては、小児初期評価三角(PAT法)や、年齢別バイタルサインの標準偏差(±1SD/±2SD)に基づく小児救急患者トリアージガイドラインの基準を用いて評価を行います。
Q4:院内のトリアージと災害現場のJumpSTART法はどう違うのですか?
A4:災害現場のJumpSTART法は、多数の傷病者から最優先で搬送・治療すべき傷病者を瞬時に選別する「一次トリアージ」です。一方、病院の救急外来で行われるJTAS(小児版)などは、受診した患者の待ち時間や診察順序を決定する「院内トリアージ」であり、診療報酬上の評価(院内トリアージ実施料300点)も伴います。前者は絶対的スクリーニング、後者は相対的優先順位付けという役割の違いがあります。
まとめ:今後の動向と失敗しないための判断基準
トリアージの本質は、「助けられる可能性が最も高い傷病者に、限られた医療資源を最短で届けること」にあります。成人のSTART法と小児のJumpSTART法の違いを理解することは、単なる知識のアップデートにとどまらず、現場での医療倫理と救命率に直結する重大な責務です。
2026年以降の災害対策において、自治体や医療機関のトリアージ訓練では成人と小児のシナリオ分離が強く求められています。呼吸数「15〜45回/分」の閾値、そして無呼吸時に脈があれば「5回の人工呼吸」を躊躇なく行えるかどうかの反射神経。日頃のシミュレーションと正しい解剖生理の知識こそが、不測の事態において子どもたちの未来を守る最大の盾となります。 (出典: 小児 トリアージ start(Yahoo!ニュース))