可部線105系の引退理由と現在|黄色と広島更新色の軌跡を追跡
かつて広島都市圏の通勤・通学輸送を長年にわたって支え続けた「105系電車」。なかでも太田川沿いを縫うように走るJR可部線において、独特のモーター音を響かせながら疾走した姿は、今なお多くの鉄道ファンや地元利用者の記憶に深く刻まれています。
国鉄末期の厳しい財政下で生まれた105系が、なぜ新鋭の227系「Red Wing」へとバトンを渡して引退に至ったのか。ネット上で囁かれるさまざまな噂の真相から、下関総合車両所への廃車回送を経た現在の状況、そして懐かしい広島更新色や濃黄色(いわゆる末期色)の運用経緯まで、客観的データと当時の記録をもとにその全貌を解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:可部線の105系は旧型国電置き換えのために投入され、新造の3ドア車と103系改造の4ドア車が混在する独自の運用体制で長年親しまれた。
- 要点2:引退の決定打は車両の老朽化と保安基準の近代化であり、JR西日本広島支社の「都市ネットワーク刷新(227系導入)」によって2019年3月に運用離脱した。
- 要点3:広島地区の車両は下関への廃車回送を経て解体が進み、現在の可部線は完全新型車両化による安全性・快適性の向上を達成している。
【運行の歴史】可部線を支え続けた105系の誕生と103系改造車の系譜
JR可部線における105系の歴史は、1984年(昭和59年)の旧型国電(72系など)置き換え計画に端を発します。地方電化線区向けに開発された105系は、1M1T(電動車1両・付随車1両)の2両編成を基本単位とし、閑散時の短編成運転からラッシュ時の連結運転まで柔軟に対応できる画期的な省エネルギー車両として誕生しました。
可部線に配置されたグループには、大きく分けて2つの顔が存在しました。1つは最初から105系として製造された「新造3ドア車(クモハ105・クハ105)」、もう1つは首都圏の千代田線直通用などで活躍していた103系1000番台や常磐快速線の0番台から電装解除・運転台新設などの大改造を経て編入された「103系改造4ドア車」です。
当時の国鉄・JR西日本広島支社の現場では、ラッシュ時の激しい混雑に対応するため、扉の数が異なるこれら2種類の車両を巧みに組み合わせて運用していました。地下鉄直通用の面影を色濃く残す切妻形状の前面デザインを持つ4ドア車は、鉄道ファンから「パンダ顔」「プレハブ顔」などと呼ばれ、可部線の日常風景の象徴として親しまれた歴史があります。
なぜ227系へ置き換えられたのか?105系引退の真相とJR西日本広島支社の戦略
長年「國鐵廣島(国鉄広島)」と揶揄されるほど国鉄形車両の宝庫だった広島地区において、105系の置き換えが進んだ背景には、単なる車両の経年劣化にとどまらないJR西日本の明確な経営戦略と安全性向上計画が存在しました。
最大の要因となったのは、2015年春から順次投入が開始された新型近郊形電車「227系(Red Wing)」の登場です。JR西日本が発表した中期経営計画において、広島都市ネットワークの安全性向上、省エネルギー化、バリアフリー対応は最優先課題に位置付けられていました。
当時、現場関係者や技術部門が直面していた課題として、以下の3点が挙げられます。
- 主要機器の老朽化と保守部品の枯渇:主電動機(MT55)や主制御器などの国鉄標準部品の製造中止が相次ぎ、メンテナンスコストが急増していた点。
- バリアフリー基準と車内環境の格差:段差のあるステップ付きドアや和式トイレなど、高齢化が進む地域社会の要請に応えきれなくなっていた点。
- 保安システムの刷新:先頭車間転落防止ホロの標準装備や、最新のEB-N装置(運転士異常時列車停止装置)、ATS-M+などの保安装置導入が急務であった点。
これら複数の構造的要因が重なり、2019年3月のダイヤ改正をもって、可部線を含む広島エリアの105系は惜しまれつつも定期営業運転から完全に撤退することとなりました。
【実態検証】広島更新色から濃黄色(末期色)へ|カラーリングの変遷とファンの評価
可部線を走った105系を語る上で欠かせないのが、時代とともに変化した車体塗装のグラデーションです。国鉄時代に登場した白地に赤と青のラインを巻いた「広島色」から始まり、JR化後には地域密着を掲げた塗装変更が相次ぎました。
1990年代後半から2000年代にかけて定着したのが、白(アイボリー)をベースに窓周りを落ち着いたブラウン、車体裾部に鮮やかなイエローとブルーの帯を配した「広島更新色」です。車体延命工事(体質改善40N/30N)を受けた車両を中心に施工され、清潔感ある都会的なデザインとして利用者からも高い評価を獲得しました。
一方、2010年以降にJR西日本が進めた「地域統一色(単色化)」施策により、瀬戸内の豊かな陽光をイメージした「濃黄色(単色イエロー)」への塗り替えが急速に進展します。登場当初はファンの間で「末期色」「手抜き塗装」といった批判的な声も散見されましたが、運用末期には緑豊かな太田川沿いの風景や可部線の住宅街に鮮やかに映える姿が再評価され、日常の風景として地元に溶け込んでいきました。

【徹底比較】105系と後継車両227系のスペック・運行特性データ
可部線の世代交代がもたらした運行品質の劇的な変化を理解するために、旧型105系と現行227系の主要スペックおよびサービス設備を比較検証します。
| 比較項目 | 国鉄105系(可部線運用車) | JR西日本227系(現行主力) | 編集部の分析・改善評価 |
|---|---|---|---|
| 制御方式・モーター | 抵抗制御(直流直巻電動機) | VVVFインバータ制御(誘導電動機) | 加減速性能の向上と消費電力量約30〜40%削減 |
| 扉数・車体構造 | 3ドア / 4ドア(普通鋼製) | 3ドア(軽量ステンレス製) | 乗降位置の統一によるホームドア対応や整列乗車実現 |
| 最高速度・加減速度 | 最高100km/h(加速度 2.0km/h/s) | 最高110km/h(加速度 2.5km/h/s) | 駅間距離の短い可部線内での定時性確保に大きく寄与 |
| 車内設備・空調 | ロングシート、分散/集中冷房(弱風) | 転換クロスシート、大容量集中冷房 | 着席快適性の飛躍的向上と車内Wi-Fi・情報案内板の完備 |
| バリアフリー設備 | 段差あり、車椅子スペース一部未設置 | 低床化(ノンステップ)、車椅子対応大型トイレ | 誰でも利用しやすいユニバーサルデザインの全面達成 |
一般に知られていない盲点とネットの誤解|電化延伸と105系の関係性
ネット上の掲示板やSNSでは、「可部線の電化延伸区間(可部〜あき亀山間)には105系は走っていない」「延伸開業と同時に引退した」といった誤った言説が時折見受けられます。しかし、実際の記録を精査すると異なる事実が浮かび上がります。
JR可部線の可部〜あき亀山間(1.6km)が一度廃止されたのちに全国初のJR線復活・電化延伸を果たしたのは2017年(平成29年)3月4日のことです。この開業ダイヤ改正の時点において、広島地区の227系化は進行中であったものの、105系の完全置き換えは完了していませんでした。
そのため、復活した真新しい「河戸帆待川駅」や終点の「あき亀山駅」には、2017年3月の延伸開業から2019年3月の運用離脱までの約2年間、105系も日常的に乗り入れて営業運転を行っていました。最新の軌道設備と真新しい近代的な駅舎に、昭和の面影を残す105系の黄色い車体が滑り込む光景は、鉄道史的にも極めて貴重な過渡期の記録といえます。

【現在とその後】下関総合車両所への廃車回送と残された105系の今
2019年3月に可部線を含む広島地区での定期運用を終えた105系は、所属していた下関総合車両所広島支所(旧・広ヒロ)から、山口県の下関総合車両所本所(幡生工場)へ順次廃車回送されました。
多くの編成は到着後に速やかに解体作業が実施され、広島地区に配置されていた105系は現在、全編成が廃車解体済みとなっています。かつて広島の街を彩った103系改造の4ドア車などは現存していません。
西日本エリア全体を見渡すと、下関総合車両所運用検修センター(山口エリア)に所属する宇部線・小野田線用の一部編成が近年まで稼働を続けていたものの、近畿圏(和歌山線・紀勢本線)の227系1000番台投入による撤退を含め、105系自体の稼働エリアは極めて狭小化し、風前の灯火となっています。
【プロの結論】国鉄形近郊電車から学ぶ地方都市圏輸送の進化と教訓
可部線における105系の軌跡は、国鉄末期の厳しい財政難の中で知恵を絞って生み出された「低コスト再生モビリティ」の歴史そのものです。既存車体の改造と限られたリソースの徹底活用は、当時の輸送需要を維持するための最適解でした。
しかし、時代が平成から令和へと移り変わる中で、「安全性への投資」「バリアフリー化」「省エネルギー性能」を妥協なく追求することこそが、公共交通機関としての持続可能性を担保する唯一の道であることが証明されました。105系が過酷な運用に耐えて繋いだバトンがあったからこそ、現在の可部線の高頻度・高品質な輸送サービスが成立しているといえます。
【105 系 可 部 線】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:可部線の105系は現在もどこかで保存展示されていますか?
A1:残念ながら、可部線で運用されていた広島地区の105系(3ドア新造車・4ドア改造車とも)は、運用離脱後に下関で全車両解体されており、博物館や公園等での静態保存・動態保存は一切存在しません。
Q2:105系と103系の見分け方はどこでしたか?
A2:4ドア改造車は車体自体が103系(地下鉄直通車等)そのものですが、先頭車にパンタグラフを備えた電動車(クモハ105)が存在する点や、2両編成で完結できる機器構成が105系の最大の特徴です。3ドア車は119系や115系3000番台に似た前面デザインと両開き3扉の車体構造で見分けがつきます。
Q3:なぜ105系は「末期色」と呼ばれる濃黄色になったのですか?
A3:JR西日本が2009年度から開始した「地域統一色(単色化)」計画に基づき、広島・山口エリアの鋼製直流電車を「瀬戸内の陽光」をイメージした黄色一色に統一したためです。塗装コスト削減やメンテナンス性向上の狙いがありましたが、ファンからは自虐的に「末期色」の愛称で呼ばれました。
まとめ:可部線105系が残した足跡とこれからの鉄路
旧型国電の引退から電化延伸の実現まで、35年以上の長きにわたり可部線の歴史を駆け抜けた105系電車。103系からの編入改造車が混在した個性的なラインナップや、広島更新色・濃黄色といった多彩なカラーリングは、今も色あせない鉄道史の1ページです。
最新鋭の227系に役割を譲り、鉄路からその姿を消した現在も、地域輸送の屋台骨を支え抜いた105系の功績と記憶は、利用者の心と広島の鉄道史の中に生き続けています。 (出典: 105 系 可 部 線(Yahoo!ニュース))